あれはもう、四年ほども前の事か…。我々はいつものように木曽川ワンド(通称ワンド)に出張遠征していた。ワンドは我々のホームグラウンドの一つではあるが、そこに至る道は、当時中二で自転車バサーだった我々にとっては、決して楽な道のりではなく、毎年多数の死傷者が出ることでも有名だった。その日は残念ながら坊主であったが、指先には凍傷ができ、凍ったギルで釘が打てるほどの寒さに我々は帰る事を余儀なくされた。3分後、手早く帰り支度を済ませた我々は自転車に乗り込みワンドを後にした。 
      冷たい風を身に受けながら堤防を走ること数分。隊員の顔にも疲労の色がうかがえる。今日はここで野宿か…。とその矢先! 
      「あれは…ゆ、雪?」 
      そう。雪が降り出したのである。この時点で体感気温は氷点下15℃。野宿をしようにも、これでは確実に凍死してしまう。それだけは避けたい我々は必死にペダルをこぐ。だが、雪で服が濡れ、北風が着実に体温を奪ってゆく。前に進まない自転車。そして、薄れゆく意識。 
      「神は我々を見捨てたのか…?」 
      その時!隊員の一人が叫んだ! 
      「あれを見ろ!」 
      我々はその隊員の指差す方向を振り向いた。いつのまにか強さを増した雪が視界を覆っている。必死に目をこらす眼前に雄々しくも神々しくそびえ立つ一台の自動販売機。そう「ダイドー」である。 
      「これは夢か幻か?」 
      震える手で掴んだ二枚の10円と一枚の百円。ためらうこともなく、指はMコーヒーのボタンを押す。 
      ピッ 
      ガタン 
      オレンジと白のハイセンスな缶にただ一文字「M」 
      震える手でプルトップを開け、その温かくも甘ったるい茶褐色の液体を喉に流し込む。体の隅々まで広がる「M」パワー。 
      我々は一命をとりとめた。 
      その後もなぜか、我々を導くように立つダイドーの自動販売機。一時は死を覚悟した我々が、家に辿りついた時は涙が止まらなかった。当時、隊を率いていたKさんは語る。 
      「あの時、あの自動販売機がなかったらと思うとゾッとしますね。ええ、今でもダイドーには感謝してますよ。我々は運がよかったんですね。あの自販に辿り着けずに倒れていった仲間が何人もいますから。そして今、私たちは彼らを讃え、この事件を『Mコーヒーの悲劇』と呼んでいます。」(プライバシー保護のため、音声を変えております。) 
       
       
       
       
      
       雷魚、バス釣りをやっていれば一度はお目にかかるであろう外来魚。蛇のような模様の鱗を持つため、まず釣りたくない魚の1つだ。が、災難な事に木曾川で運悪くそれをかけてしまったことがある。 
       そうあれは…4年、いや5年前かもしれない。兎に角とても暑い夏休みの朝だった。午前3時から釣りに行く事が日常的だった我々は現在の連合メンバーの一部と友人を連れて、いつも通り釣り場へと向かった。この頃はまだホームグラウンドがひょうたん池という場所だった覚えがある。しかし、何故かその日はひょうたん池とは違う場所、通称野田池(池ではないのだが)へと足を運んだ。 
       いつもの事だが、大体こういう朝方は途中で集中力が切れるものである。7時代になるとだんだんと睡魔が増殖を始め、集中力が持たなくなってくる。さらには微妙なテンションの中で遊び心が芽生え始める。 
      「眠い、釣れねえ」 
       これが合言葉となっていたのは言うまでもなく、「草ルアー」などという物を作り始めるものもいた。この時点で真面目に釣っていたのは現会長の「かとぽん」と友人のI、そして自分の3人だった覚えがある。 
       基本的に釣れないとただ巻きが可能なスピナーベイトやバイブを持ち出すのが「俺スタイル」だった。この日もやはりただ巻きが可能で気にいっている「Lv.200」を取り出してキャストする自分が居た。ひたすら良く飛ぶ。リールから吐き出されていくライン、適度に感じられる振動。決して最適なタックルではなかったが、自分にとっては至福の時間だった。 
      何投しただろうか。かなりの数を投げた気がする。思いっきり投げれば対岸に届くであろうLvをなんとか制御し、ギリギリのところへ落とす。これを繰り返していたので、結構な筋トレになったように思う。 
       そして、ついにその時は来た。 
       これまで通りギリギリの場所へとキャストをし、適度なスピードで巻く。ガツンと言う強い当たり…のはずもなく、ただ重い、ひたすら重くなった。根掛かりか、厄介だ。そう思っていた事が5秒後には吹き飛んでいた。 
      「なんか引いてるーーー!?」 
       無我夢中で叫んだ。叫んだが、誰も来てくれない。大方冗談だろうとでも思っていたのだろう。兎に角重い事からとんでもないデカバスを思い浮かべた。わくわくしながらドラグを緩めつつ格闘する事数分。姿をあらわしたのは謎の生物だった。 
      「蛇の鱗みたいで気持ち悪い。」 
       始めに出た言葉がこれだった。当時はまだライギョという存在を知らなかったのだから当然である。そして次に出た言葉がこれだ。 
      「デカイ」 
       兎に角デカイ、というかでか過ぎである。1人ではランディング出来そうにもない。そう思い、会長を呼んだ。一目散に駆けつけてくれた会長は本当に驚いていた顔をしていた。 
      「ランディング手伝ってー。」 
       竿がバットまでしなっている。リールが「もう無理やて」と悲鳴を上げている。結局やり取りに上手い隊長に竿を代わってもらって、自らランディングする事にした。上手い事陸に上げようとするのだが、上がらない。 
      「重っ、重すぎ。あがらんわっ」 
       度重なるバイブの遠投のせいもあってか、なかなか陸に上げれない。 
      「手伝ってぇ。」 
       さぞや重い気分だったろう。が、隊長は何も言わず手伝ってくれた。持つべきものは友である。2人して抱え雷魚を葉っぱの多い陸地へ上げる。 
      「でかすぎ。」 
       始めに出た言葉がこれである。とにかく計ってみようと言う事でメジャーを当てると120cmを指していた。通りで重いはずである。写真を撮り、一段落下ところでがっちりとフッキングされた愛用のLv.200を外しに掛かる。この時点で会長は自分の釣りに戻っていた。一人で奮闘するが取れる気配がない。プライヤーが1つしかなかったのもあるが、何よりもかなり深くかかっていたのが問題だった。 
      「助けてぇ。」 
       今日3度目のヘルプである。またまた会長が駆けつけ、手際よく外しに掛かる。仏の顔も三度までというが、二度あることは三度あるとも言うのである。 
      「外れん。」 
       この一言の後、外すのに3分ほど時間が掛かった。1つのプライヤーで口を開き、もう1つのプライヤーで強引に針を引き抜いた。針は曲がっていた。雷魚は水に返すとくるっと一回りした後、泳ぎ去った。 
      「ありがとう。でも気持ち悪いよ…」 
       その時の事は一生忘れないだろう。「バイブは引いていれば釣れる。」この考えが定着した瞬間でもあった。何投げるか分からないときはバイブ、引っかかってもいいからバイブ。 
       今でも僕の右手にはバイブレーションが、そして左手には雷魚が…。 
       
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